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男性が「おじさん」になるのは何歳から?一体何が決め手なの? 【徹底リサーチ】

(※一部プロモーションが含まれています)

男性に対しての「おじさん」「クソジジイ」なんて乱暴な呼び方…テレビ・雑誌・インターネットなどのメディアでだけではなく、実際に目したり耳にする機会も多いのではないでしょうか?

疑問や不安を抱きつつも「中年呼ばわりされているようで悲しい」とのお悩みや「どうせおじさんだからさ…」なんて自虐的なお声もよく聞きますので、気にしていらっしゃる方も非常に多いような気がします…。

そこで今回は、男性はいつから「おじさん」になるのかを徹底リサーチした結果や、そこから見えてきた私なりの考えをお話ししたいと思います。

 

>>>女性はいつから「おばさん」になるのかはこちら

目次

一体何歳から「おじさん」なのか?

調べてみた結果、どうやら時代背景個人の主観(独断と偏見)侮辱差別目的によるものがほとんどのようです。いくつかの説があるようなので詳しく紹介していきます。

1. 実年齢説

主にハタチ・三十路・四十路からと言うご意見が目立っていました。理由は次の通りです。

■結婚年齢が現在に比べてあまりに若く、男性の誰もが20歳で叔父や伯父になっていて当たり前の時代だった

■村社会で隣近所が親類関係ばかりで構成されていた

■成人年齢が20歳に設定されていた頃、成人=大人=結婚=人の親になる=父親=叔父伯父の皆婚時代ゆえ

■大昔は普通や世間一般が良しとされ、現在ほど叔父伯父になる年齢にバラつきがなかったため大人の男性に対する総称

■自分の父親や祖父が結婚して叔父や伯父になった年齢から、狭い視野ですべての男性を推し量ったため

■大人の男性を受け付けないor女尊男卑な考えの女性による男性軽視(性的対象かどうか)

■若い=正義と思い込む精神年齢の幼い方によるマウンティング

男性=年齢をとやかく言われても気にしないとの勝手な思い込み

2. 見た目年齢説

続いて「見た目年齢説」です。これもよく聞きますが、決してイケメンかどうかでなくゆとりの有無が問題なようで…代表的なものを紹介します。

■顔・体型・体格・皮膚感・髪の毛などにエイジングを感じるかどうか(性的対象か)

■白髪・髭・鼻毛・ムダ毛・爪などの手入れや体型維持努力がしっかりできているかどうか

■いつまでも若かった当時の格好に固執してアップデートしていなそうな髪型・服装・持ち物

■態度・行動・仕草などに紳士的な立ち居振る舞いが現れているかどうか

■経済的にも精神的にもゆとりの無さそうな容姿&仕草で諦めた感があるから

■自分の父親の若い頃の写真と比較して、父親が叔父伯父になったくらいの男性=おじさんといったイメージ

■男性から見て自分よりルックスレベルや加齢レベルが上かどうか

3. 精神年齢説

これもよく聞きますが…ダンディズムの有無が重要なポイントです。具体的な例は次の通りです。

■若かった当時の武勇伝を延々語ったり昔は悪かったorすごかった自慢で周囲の顔が引きつってもお構いなし

若い女性に固執して追い掛け回し、同世代の女性に対しては理不尽な理由で叩く

■言葉遣い・態度・行動に羞恥心のかけらも紳士的な様も見られず残念だから

■言葉遣い・態度・行動が横柄・図々しい・お節介を感じ性的対象外として認識するから

男性=女性に対し散々な歴史を辿ってるからと過去にこだわる女性が、優位性を保ちたいため

■精神成熟度に敵わないと思う男性が年収や社会的立場で負けても、若さなら負けないとしてマウンティングしたいため

■精神成熟度や包容力があり、叔父伯父の様に感じられるから

番外編

「1人の男性としてのモラルがあるかどうかの問題」予想外のぶっちぎりのNo.1回答でした。

たとえどんなにイケメンで経済力があっても「おじさん」以前に人としてNGだそうです…。

■歩きタバコ・ポイ捨て・道端に唾や痰を吐き捨てる

■さも楽しげに人の悪口・陰口・噂話・下ネタを言う

■人の足を引っ張ったり、人を妬む僻むなどのいやらしい人間性が透けて見える

■電車内で成人誌やスポーツ新聞などを人目もはばからず平気で広げる

■言葉・行動・態度に品格や教養のかけらもなく下品

■「オンナっていうのは〇〇」など、まるで世の女性全てを知っているかのような狭い視野での持論を展開

■自分以外の人へ様々に配慮ができず自己中心的

■短気だったり、自分より立場の弱い人に暴言を吐いたり攻撃的な姿勢

■何かにつけて器の小ささが目立ち、ゆとりを感じられず生活感で溢れている

結局のところ何歳で「おじさん」なのか?

男性本人が自分自身のことをどう思っているか次第ではないでしょうか?

様々な角度からリサーチを重ね見えてきたものは、自分の人生に満足していない人ほど「〇歳。〇〇で〇〇だから」と痛烈で攻撃的な発言が見え、自分の人生に満足している人ほど「年齢にとらわれ生きたり人を年齢で測るのは無意味」と攻撃する発言が見られなかったという二極化でした。

容姿端麗・高所得・エリート・自己肯定感や幸福度の高い人や、魅力があるからこそ選ばれるモテ男子モテ女子にそもそも叔父伯父以外の男性を「おじさん」呼びする人は誰もいませんでした…まるで何かの法則のような現実です…。

■物理的に変更不可能な生まれてからの経過年数に対して排他的・否定的・差別的に見るかどうか

■自己満足するほど幸福感に満ちた生活を送り自己肯定感を抱けているかどうか

■精神的にも経済的にもゆとりを持ち合わせているかどうか

■物事を多角的な視野思考で捉えられているかどうか

■自由に好きなものを選び好きなことをする人生が送られているかどうか

■本人が人として男性としてを諦めてしまっているかどうか

■都合の悪いことをどうにもならない年齢のせいにして、どうにかできることを努力せず言い訳や口実にしているかどうか

人生100年時代・男女ともに自由な仕事や生き方を選べる現代社会・差別をなくし個性を尊重する多様性社会に、寿命も短く皆婚社会の名残を持ち出したり、自分が受け入れられないからと他者を攻撃したり…何歳から「おじさん」という明確な定義はそもそも存在せず、あったとしても個人の主観レベルに過ぎませんでした。

まとめ

もしも自分が「おじさん」なんじゃないかと悩まれる方がいらっしゃいましたら、時間の流れ上の年齢は誰にも変えようがありませんので、日頃の言葉遣い・行動・態度を見直すことで”年齢という概念を超えたゆとりを持った魅力的な男性”になれるのでは?と思いました。

定義もないのにこんなにポピュラーな存在だなんて何だか不思議だなと思いつつ、男性も女性も理不尽に叩かれて嬉しい人はいないので…いつまでもダンディーで素敵な男性たちへの尊敬と配慮を欠かさず持ち続けたいなと思いました。

せっかくの人生の時間、自分軸をたいせつに過ごしたいものですね☆

 

ご覧下さりありがとうございました!

See you later!

 

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